不動産投資を始めたい気持ちはあっても、「自己資金をどう作ればよいのか」で立ち止まる人は少なくない。私自身も、潤沢な資金がある状態から始めたわけではなかった。
特に会社員として生活費を払いながら次の1棟を目指す時期は、飛行機が離陸するときのように大きな力が必要である。収入をすぐに増やせなくても、支出と家の中を見直すことで、できることは残っていた。
今回は、年収500万円ほどだった会社員時代に、支出削減で年間約200万円、不用品売却で年間100万円超、合計約300万円の自己資金を作った実体験を振り返る。
◆1.自己資金不足をどう解消するか
不動産投資は、飛行機の離陸に似ている。離陸までには大きなエネルギーが必要だが、いったん軌道に乗れば、速度を保ちながら前へ進みやすくなる。
自己資金が少ない会社員投資家にとって、1stステージは自己資金不足との戦いである。私が考えた解消法は、大きく分けて「支出を削減する」「収入の柱を複数作る」「融資の受け方を工夫する」の3つであった。
まずは、私が実際に行った支出削減と、収入の柱を増やす方法から紹介する。

◆2.支出を削減する
私は、不動産投資の自己資金を作るために、できる限り支出を削減した。
コンビニエンスストアやカフェへ寄るのをやめ、自動販売機で飲み物を買わず、水筒を持ち歩いた。昼食は弁当を持参し、外食も極力控えた。
住まいは、当時利用できた東京都の制度による家賃補助と会社の家賃補助を活用し、住居費を大きく抑えた。駅から徒歩4分ほどの最上階で、眺めの良いマンションでありながら、制度を利用できたことで負担を軽くできた。
こうした生活を徹底した結果、年収500万円ほどの会社員時代に、年間約200万円を貯められるようになった。
◆3.収入の柱を複数作る①
支出を減らすだけでなく、私は収入の柱を増やすことにも取り組んだ。その一つが、不用品の売却である。
使わなくなった家電製品、雑貨、書籍、教材、CDやDVD、衣類、ブランド品など、売れそうなものを片っ端からインターネットオークションへ出品した。
自宅の品だけでなく、両親や祖父母が処分しようとしていた物も引き取り、出品した。古い家には、意外な値段がつく品が眠っていることがある。宝探しをするような感覚であった。
この方法で、1年間に100万円を超えるお金を作ることができた。原文執筆当時にはヤフオク、メルカリ、ジモティーなど複数の売却手段があり、以前より出品しやすい環境になっていた。
ただし、私は転売やせどりには取り組まなかった。仕入れを伴うため、効率良く利益を出すには手間がかかると考えたからである。あくまで、家の中にある不要な物を現金へ換えることに集中した。
壊れている物でも需要がある。原文を書いた前年末には、故障したハンディカムが5万円で落札された。自分には価値がないと思う物でも、部品取りなど別の目的で必要とする人がいる。
◆4.私が大切にした信条
私は、単にお金だけを目的にして行動しないよう心がけてきた。「自分にも他人にも利益があることをやる」という考え方である。
不用品を売ることで自己資金が増えただけでなく、家の中は片づき、妻にも喜んでもらえた。両親や祖父母にとっては処分の手間が減り、購入者にとっては必要な物を手に入れられる。
不動産投資も同じである。お金だけでなく、交渉力やコミュニケーション力など、自分の力を伸ばし、周囲にも価値を届けられる取り組みであるかを考えたい。
利益だけしか生まない事業は貧しい、というヘンリー・フォードの言葉がある。私にとって、不用品売却は自己資金作りと暮らしの改善を同時にかなえる方法であった。

◆5.その他の自己資金作り
私の場合、徹底した支出削減で年間約200万円、不用品売却で年間100万円超、合計約300万円の自己資金を作ることができた。
このほかにも、私が実践した難易度の高い方法が一つある。さらに、元手をかけずに自己資金を作る方法もある。続きは次回以降で取り上げたい。

音声で聴く|毎日3分!不動産投資メモ録 #8
今回の内容はStandFMでも聴くことができる。
◆6.編集後記
この自己資金作りに取り組んだのは、原文執筆時点から10年以上前のことである。それでも当時の状況は鮮明に覚えている。
時間もお金もなく、さまざまな苦労があった。できることには何でも挑戦し、目標へ向かって一生懸命に取り組んだ。
目標を達成した瞬間の喜びは、意外と短い。振り返れば、夢中で走っていた過程そのものが、何にも代え難い充実した時間であった。
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